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俳優コラム

俳優・成原佑太郎の連載コラム始動!ーFinding yourself is up to youー 結局、自分を見つけられるのは自分だけ

*Click here for the English version of this article.

結局、自分を見つけられるのは、自分だけ。
自分の現在地を知ることができるのも、自分だけ。

誰も答えなど教えてくれない。
“Finding yourself is up to you”

このコラムでは、僕のバンクーバーでの挑戦を赤裸々に書いていく。

成功も失敗も、すべてをリアルタイムで共有していく。
過剰に美化することもなければ、格好をつけるつもりもない。

ただ、そこにある覚悟だけは、きちんと伝えたい。
これは「誰かの正解」をなぞる物語ではない。『自分自身の答え』を探し続ける、一人の旅の記録である。

あなたは『自分とは誰なのか?』をわかっているのだろうか?

俳優・プロデューサー / 成原佑太郎

成原佑太郎 – Yutaro Narihara –
俳優・プロデューサー | バンクーバー在住

日本で23歳から俳優活動を開始し、映画・テレビ・舞台・CMと幅広く活躍。

代表作に映画「A 21st Century Man」(主演:Simon役)、「川口技研」(主演:Kentaro Miyamoto役)、日本テレビ「秘密のケンミンSHOW極」レギュラー出演など。

ニュージーランド留学中に海外の映画現場を体験し、労働環境の国際的な違いに衝撃を受ける。2024年バンクーバー移住後は、カナダでも俳優として「If the world goes on,」「A 21st Century Man」「StarQuest Energy Drink」などの出演を果たす。

2025年9月、Vancouver Fringe Festival 2025にてイマーシブ演劇「STAND」を初プロデュース。

全6公演で延べ300人以上の観客を動員し、新しい演劇体験を提供。同プロジェクトはクラウドファンディングにて62名の支援者から約$3,200を調達し、コミュニティの強い支持を得ている。

答えが見つからなかった、30代目前

成原佑太郎 – Yutaro Narihara -(本人提供)

「将来何やりたいんですか?」

もし、あなたがこの質問に即答できないとすれば、それは『目標がない』からではないのかもしれない。

実は、僕も後輩からこの質問をされて答えられなかった人物のひとりだ。

しかし、目標がなかったわけじゃない。

答えられなかった原因は「自分の現在地を知らなかった」からだと思う。
振り返ると、今の僕は当時の自分をそのように捉えている。

当時27歳だった僕は、30歳を目前にして「果たしてどんな30代になりたいのか?」を考えるようになっていた。日本で俳優として活動を始めて7年が過ぎ、映画、テレビ、舞台、CMと幅広い現場を経験させてもらった。

それでも、明確な目標を見失ったまま、生活費を稼ぐためにバイトを続ける日々だけが日常を埋めていく。気づけば、自分の時間の大半を占めていたのは、役者の仕事ではなくバイトだった。

「何となくオーディションを受けて受かる…」

そのようなスタンスで生活をしていると「なぜ役者をやろうと思ったのか?」「なぜ役者を続けているのか?」など、自身の根本的な情熱や動機を見失ってしまう。

僕にとっての「演技する時って楽しいんだよねー、人前に出る時の快感があって…」というのは嘘だった。

当時、後輩に「これから何がやりたいんですか?」と聞かれ、とっさにそれらしい答えを並べてみたものの、自分の意思ではないことはすぐに伝わってしまった。

その出来事をきっかけに、今度は逆に後輩から「自分の探し方」を教わることになる。

成原佑太郎 – Yutaro Narihara -(本人提供)

「大切にしていることは何か」
「本当にやりたいことは何か」
「心から好きだと言えるものは何か」

自分の心の中で問いを一つずつ重ねていくと、ぼやけていた自分の輪郭が少しずつ形を取り戻していく感覚があった。

そんな時、レギュラー出演する機会をいただいた一本のテレビ番組がある。番組を通して出会った多くのゲストたちは、それぞれが確かな軸を持ち、迷いなく自分の道を歩んでいるように映った。

その姿を目の当たりにするなかで、純粋な憧れを抱いたことを、僕は今でもはっきりと覚えている。

「このままでは何も変わらない」
「大きな目標を掲げなければ、前には進めない」

アカデミー賞にノミネートされる。

素直になって、初めてそう考えた時、海外で活動するのであれば残された時間は決して多くないと感じた。ワーキングホリデービザの年齢制限も、すでに目前に迫っていた。

アメリカはビザの壁が高く、現実的な選択肢とは言い難い。一方でカナダは、比較的ビザの取得がしやすく、なおかつハリウッド作品の撮影が数多く行われている国だと聞いていた。

2024年2月、ついに僕はバンクーバーへ飛んだ。

場所がないなら、創るしかない

成原佑太郎 – Yutaro Narihara -(本人提供)

正直に言えば、バンクーバーに来てから『俳優一本でやっていく未来』は、思っていた以上に見えづらかった。

それは、もしかすると僕だけの問題ではないのかもしれない。あなたも、理想と現実のギャップに直面する瞬間があるのではないだろうか。

やはり、理想は理想として、現実はきちんと確認しなければならない。では、バンクバーで活動を始めた僕は、実際にどんな仕事が得られるのか。

それは、契約期間の短いインディーフィルムや、単発・短期のCMがほとんどだ。

例えば、ドラマや映画にキャスティングされたとしよう。

もし、そのキャラクターが引き続き出演する役だったとしても、僕のビザの期限により出演ができなくなる。いわゆる、翌年も滞在するという保証がされていない。

基本的なワーホリビザは1年間(年齢/条件により異なる)。となれば、エージェントもそのような仕事を僕に振るのは現実的に少なくなってしまう。

また、僕の英語力ではネイティブスピーカーの役は取れないのも現実だ。可能性として考えられるのは、日本人役や英語を勉強している学生などの役どころ。

では、そのような役の母数はどれくらいあるのか?  おそらく、1年間に1本あれば良い方じゃないだろうか。

そして、僕はもう一つの大きな壁にぶち当たった。

それは、バンクーバーにおける日本人コミュニティの小ささだ。日本にいた頃から感じてはいたが、とにかく情報が取れない。さらには、発信している人も相対的に少ない。

そして、実際に住んでみると、体感として映画業界に携わる日本人コミュニティは30人ほどしかいないように感じた。さらに、そのコミュニティの大きさで継続的にプロジェクトを立ち上げている人は、わずか2〜3人だ。

つまり、「作品に出たい」と思っている人はたくさんいても、作品を作っている人が2〜3人しかいなければ、出る場所そのものが存在しない。

あなたは、自分の業界で「場所がない」と感じたことはないだろうか。その時、待つことを選んだだろうか。それとも、創ることを選んだだろうか。

僕は、創ることを選んだ。いや、正確には「余儀なくされた」のかもしれない。でも、その選択が、僕を「プロデューサー」という職業に導いてくれた。

成原佑太郎 – Yutaro Narihara -(本人提供)

結局、自分を見つけられるのは自分だけ

僕には好きな逸話がある。

「オアシスには辿り着けなかった青年のはなし」
ある青年が、砂漠を彷徨っていた。手には何もなく、喉はカラカラ。そんなとき、一人の長老と出会う。長老は親切にも、青年に方位磁石と地図、そしてわずかな水を青年に渡した。

「よし、オアシスを目指そう」

そう決意した青年だったが、結局、彼はオアシスに辿り着くことはできなかった。

なぜか?

それは、青年が『自分の現在地を知らなかった』からだ。方位磁石は進むべき方向を示してくれる。地図は目的地を教えてくれる。

だが、自分が今どこに立っているのかを知らなければ目的地には辿り着けない。

27歳の頃の僕も、まさにその青年だった。バンクーバーでの挑戦は、言い換えれば、自分の現在地を確認し続ける作業だと言える。

ビザの壁。
言語の壁。
日本人コミュニティの小ささ。

それが、僕のリアルな現在地だ。その場所から「何ができるのか?」を考え抜いた結果、生まれたのが『STAND』という作品だった。

だからこそ、立ち止まり、何度も自分の立ち位置を確認する必要がある。

そうしなければ、気づいたときには、自分がどこにいるのかさえ分からなくなってしまう。少なくとも、僕はそう感じている。

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