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俳優コラム

俳優・外山史織の連載コラム『栞』始動!ー何気ない日々の中で、栞を挟みたくなる瞬間をー

夢は、うまくいかない時間の中で育つ。

私は、ひとつのドラマに命を救われたことがある。そのドラマこそ、小学三年生の時に見ていた『ランチの女王』だ。

当時、いじめを受けていた私にとって、あの時間だけは自分の未来に希望が持てたことを今でも覚えている。

画面の向こう側を生きている竹内結子さんは、まぶしいほどに輝いていた。

学校という狭い世界の中で光を失っていた私にとって、彼女は「好きなものを好きだと言う強さ」や、「自分を貫くことの大切さ」を教えてくれる存在だった。

あの頃、私はドラマの中の世界を、本当にどこかで生きている誰かの人生だと信じていた。

そこで俳優という職業があることを知ったとき、閉ざしていた世界がほんの少しだけ広がってくれたような気がしている。

俳優・外山史織が綴るコラム『栞』。

私の言葉や行動が、「新しいことに挑戦してみよう」と思うきっかけや「これでいいんだ」と肩の力を抜く助けになれたら。

そんな思いから、何気ない日々の中で、栞を挟みたくなる瞬間をテーマに、ここに私なりの言葉を記していきたい。

俳優・外山史織

外山史織 写真:七咲友梨

1993年秋田県生まれ。
4人兄弟の末っ子長女。幼少期は人前で歌ったり踊ったりを好む天真爛漫な性格だった。

高校卒業後に上京。多くのプロダクションからスカウトを受け、芸能界への夢を膨らませる。しかし、両親からは反対の声もあり、一度は就職を視野に入れて大学へ進学。それでも夢を諦めきれず、家族を説得して芸能の道へ進むことを決意した。

当初は俳優を志すものの、約4年間はモデルとして活動を続ける日々が続く。28歳を迎えコロナで活動がストップしたことを機に心機一転、本格的に俳優として歩み始めた。

挫折を重ねながらも、2023年には短編映画『いつか、母を捨てる』の主演をオーディションで勝ち取り、俳優として大きな転機を迎える。

翌2024年には、和歌山kisssh-kissssssh(きしゅ〜きしゅ〜)映画祭で最優秀主演賞を受賞。現在は、俳優への想いをさらに強くしながら、表現の幅を広げている。

覚悟の差に気づかされたモデル時代

外山史織(本人提供)

当時所属していた事務所と契約し、「売れること」だけを目標に走り出した私は、モデルと俳優の2足の草鞋で頑張ることを決めていた。

しかし、そんなに現実は甘くはなかった。

半年以上は、オーディション落ち(に落選)の連続。自信のかけらもなかった当時の私は、不合格の通知が来るたびに「私には価値がない」と勝手に感じていた。

そんな中、仲良くしていた友人に「芸能界に向いていないかもしれない」と弱音を吐いたことがある。そのとき返ってきた言葉は、想像していたものとは違った。

「じゃあやめたら? それくらいでくよくよするなら、この世界向いてないよ」

私は「大丈夫だよ!史織ならできるよ!」と励まして欲しかっただけ。

でもその言葉を聞いた瞬間、友人は私よりもずっと覚悟を持って、この世界に立っていることに気づかされた。

外山史織 写真:佐藤容平

すぐにうまくいかなくてもいい。
この世界は『100回挑戦して、1回受かるかどうか』の場所。

ようやく受かったモデルの仕事でも、「話にならない」と言われ、帰りの電車で悔しさをこらえきれず泣いたこともある。

そこから、自分の努力不足と向き合う日々。 雑誌を読み漁り、ポージングを一から研究し直していた。

すると不思議なことに、それ以降のオーディションでは少しずつ結果が出るようになり、仕事が決まる機会も増えていったことは、今でも心に残る嬉しい出来事だ。

完璧じゃなくても、私にできることはたくさんある。

そう思えるようになったのは、ちょうどこの頃だった。

俳優として生きる、と決めた日

外山史織 写真:佐藤容平

コロナ禍で仕事が止まっていた頃、私は『モデルとしての目標も閉ざされた』ように感じていた。

「本当にやりたいことは何か?」

自分の心を探り続ける中、たどり着いた答えは明らかだった。

「俳優として生きていきたい」

その想いの原点をたどると、ずっと昔の記憶に行き着く。ドラマの世界に憧れ、映画を観るようになった頃、何気なく手に取った一本に衝撃を受けたことを覚えている。

その映画が『チョコレートドーナツ』という作品だ。

物語の中にある理不尽さに怒りを覚え、「こんなの、おかしい!」と泣きながら、法律という存在を睨みつけていた自分がいた。

その瞬間にはっきりと感じたのは、『映画には、人の心を揺さぶり、世界の見え方を変える力がある』ということ。

さらに俳優は、誰かの人生に影響を与えられる存在なのだと。

その衝撃と俳優への思いは、今でもはっきり心の中にあり続けている。

外山史織 写真:佐藤容平

そんな思いに気づかされ、4年間所属した事務所を思い切って退所したことも、動かなければ、何も変わらないと思ったからである。

振り返れば、私の人生は「悔しさと失敗、葛藤」の連続だったのかもしれない。しかし、そんな自分でありながらも、努力して行動し続けることの大切さを知った。

先の見えない世界は怖い。それでも続けた先で、演技が楽しいと思える今がある。

そんな私が映画で主演を務め、「救われた」と涙を流してくれる瞬間にも出会えた。

最高のプレゼントであり、あの頃の自分が救われた瞬間だった。

俳優人生なんて、先が見えないし、不安定でどうなるかなんて私もわからない。それでも、不完全なまま模索しながら生きていた先に、こんな素晴らしい瞬間が待っていた。

だから私は、俳優をやめられない。

自分に負けそうになる夜もあるし、落ち込む時も、焦る時もある。
何かに集中して生きてきた時間は、きっと無駄じゃなくて、糧になる。
人生に失敗なんてない。それはただの通過点であり、経験になる。

人の夢は、完成された場所ではなく、不完全な途中でこそ進んでいくものなのではないだろうか。

(文・外山史織 / 編集・Shuya)

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